〔写真①を提示〕
写真をご覧ください。一人の女性が調理場で野菜を炒めている場面です。
——たとえ認知症であったとしても、
手に馴染んだ記憶は、こうして、いつまでも残り続けます。驚きです。
この方は、生まれ育った奥尻島で、漁師たちに食事を振舞ってきた人です。函館へ移住した後、競輪場に20年間お勤めされ、函館市から永年勤続表彰を贈られています。
〔写真②〕
同じ方の、10年後の御姿です。
か細い腕で、時間をかけて湯呑を口元まで運んでいます。誰の手も借りずに。
——自分の人生を生き切ろうという気概が感じられる一枚です、驚きです。
おそらく、皆さんの目には今、この女性が、このように見えているのではないでしょうか。
かつて地元の漁師たちに食事を振舞ってきた人として、
あるいは競輪場に20年間お勤めされた人として。
そうです、人は、物語を介して、人と出会う。
今日は、このお話をいたします。
私は、グループホームで働く介護職です。
認知症の状態にある方々の支援に携わっています。
日々、様々なことを記録しています。
血圧を測定し、食事摂取量を数え、夜間の巡回記録をつけて。
▲ 2:35を過ぎていたら、この一文を飛ばす(約6秒)
その人が「安全に過ごせますように」と願いを込めて。
しかし、この10年間、私にはひとつの問題意識がありました。
介護サービスを受けるその人の人生を、もっと豊かに語り得ないだろうか。
人は誰しもが、自分の人生を生きる物語の著者です。
要介護状態で、認知症の状態であること。
それは、体が不自由というだけでなく、
自分の人生を書き留める手段が失われた状態といえます。
歩行が困難な方には、車いすが給付されるでしょう。
書き留めることが困難な方には、どのような支援を提供できるでしょうか。
このような思いから、私たちはフォトブックの制作に励むようになりました。
「暮らしの場」を写した一枚に、「ご本人の思い」を乗せた一言を添えます。
——本人目線で語ることで、人柄が豊かに立ち上がる。
このシンプルな答えに辿りつくまでに、3年の期間を要しました。
センサーとAIが介護記録を代替する時代です。
私たちが自らの仕事の価値を問い質すのは、いまだと思います。
暮らしの中で起こる一つ一つの出来事に、いちいち驚くことです。
同じ出来事は、「本日の水分摂取量100ccでした」と記録することもできます。
どちらも同じ現実を見ています。
ちがうのは、そこに人柄を見ているかどうかです。
「あなたは確かに、豊かに人生を送ることができた。」
こう証言できるためにも、介護サービスをご利用する一人ひとりの手元に、
フォトブックを届けていきたい。
——これが、私の夢です。
最後に、短い動画をご覧いただきます。
どうか、ご自分の大切な人を思い浮かべながら、ご覧ください。