〔写真①を提示〕
一枚の写真をご覧ください。
一緒にお昼ご飯を手作りしている光景です。野菜を上手に炒めています。
——たとえ認知症の状態であったとしても、
手に馴染んだ記憶は、こうして、いつまでも残っています。驚きです。
この方は、奥尻島に生まれ、長い間、漁師たちに賄い飯を提供してきました。
函館へ移住後は函館競輪場に20年間お勤めされ、
函館市から永年勤続表彰を授与されています。
間〔写真②〕
同じ方の、10年後です。
車いすに座り、か細い腕で、両手を添えて、湯呑を口元へ運んでいます。
誰の手も借りずに。ひと口含んで、ホッと一息つかれる。
——自分の人生を生き切ろうとしておられるその御姿、驚きです。
いま、皆さんは、この方をどう見たでしょうか。
「車いすに座る高齢女性」でしょうか。
おそらく、このようにご覧になったのではないでしょうか。
奥尻島で漁師に賄い飯を提供していた人として、
あるいは競輪場に20年勤め続けた人として。
そうです、人は、物語を介して、人と出会います。
今日は、このお話をいたします。
私は、グループホームで働く介護職です。
日頃、認知症の状態にある方々の支援に携わっています。
私たちは日々、ご利用者の血圧を測り、食事量を数え、
夜の見守りを記録しています。
「安全に過ごしてほしい」という願いを込めて。
しかし、そのようにして記録し続けていながらも、
この10年間、私は、ある問いに答えることができずにいました。
——その人の人生を、もっと豊かに語り得ないだろうか。
人は誰しもが、自分の人生を生きる物語の著者です。
要介護状態で、認知症の状態であること。
それは、介護を必要としている体であるだけでなく、
自分の人生を書き留める手段を失った状態でもあります。
歩行が困難な方には、車いすが給付されるように、
自分の物語を書き留められなくなった方には、
どのような支援を提供できるでしょうか。
このような思いから、私たちは介護記録の一部として、
フォトブックの制作に励むようになりました。
暮らしの場を写した一枚、そこにご本人の思いを乗せた一言を添えます。
私たちは、これらを一冊に製本し、ご利用者一人ひとりに贈っています。
——意味を書き切らないからこそ、豊かに読み取れる。
このシンプルな答えに辿りつくまでに、3年の期間を要しました。
センサーとAIが介護記録を代替する時代です
私たちが自らの仕事の価値を問い質すのは、いまだと思います。
調理場に立ち、野菜を炒める姿。時間をかけて湯呑を口元へ運んでいく姿。
それら出来事一つ一つの背景に、その人らしい人柄や歴史を読み取り、
いちいち驚き、感嘆の声を上げていくことです。
同じ光景は、このように申し送ることもできます。
「本日の水分摂取量、100ccでしたね。」
「少ないね、もう少し声かけが必要ですね。」
どちらも同じ現実を観察しています。
映し出される世界が異なるのは、見ている視点が異なるからです。
「あなたは確かに、豊かに人生を送ることができた。」
このように証言するために、介護サービスをご利用する一人ひとりの手元に、
フォトブックが届けられていく社会が実現されること。
——これが、私の夢です。
間
最後に、あるご利用者のフォトブックを、動画でご覧いただきます。
どうか、ご自分の大切な人を思い浮かべながら、ご覧ください。
自分の人生が、良き人生であったと、いつか、誰かが、振り返れるように。
私たちは今日も、思いを馳せていきます。
その人そのものへ。